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東京高等裁判所 平成10年(ネ)5256号 判決 1999年5月25日

控訴人(原告) 埼玉県信用保証協会

右代表者理事 A

右訴訟代理人弁護士 清水徹

同 新井賢治

同 杉本直樹

同 渡邉晋

被控訴人(被告) Y1

被控訴人(被告) Y2

右被控訴人ら両名訴訟代理人弁護士 小林優公

同 長井友之

同 飯塚理

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人らは控訴人に対し、連帯して金九七五万九五六一円及びこれに対する平成五年三月三〇日から支払済みまで年一四・六パーセント(年三六五日の日割計算)の金員を支払え。

3  訴訟費用は第一、第二審とも被控訴人らの負担とする。

4  仮執行宣言

二  被控訴人ら

主文と同旨

第二本件事案の概要

本件は、控訴人が、信用保証委託契約に基づき、代位弁済したことによる求償金の支払を委託者及びその連帯保証人に対して請求した事案である。

一  争いのない事実等

1  控訴人は、中小企業者等が金融機関から営業資金等を借り受けるに際し、その借受金の支払保証等をすることを業務とし、信用保証協会法に基づき設立された法人である(争いがない。)。

2  被控訴人Y1(旧姓B、以下「被控訴人Y1」という。)は、控訴人との間で、昭和五八年八月一五日、訴外株式会社あさひ銀行(旧株式会社埼玉銀行、以下「訴外銀行」という。)から設備資金として借り受ける金八〇〇万円の債務につき、控訴人が訴外銀行に対し連帯保証し、控訴人が訴外銀行に右保証債務の履行として代位弁済したときは、その代位弁済額及びこれに対する代位弁済の日の翌日から支払済みまで年一四・六パーセントの割合(年三六五日の日割計算)による遅延損害金を控訴人に支払うことなどを内容とする信用保証委託契約を締結し、被控訴人Y2は右契約につき被控訴人Y1の債務を連帯保証した(争いがない。)。

3  被控訴人Y1は、訴外銀行から、昭和五八年八月二九日、次の約定で金八〇〇万円を借り受け、控訴人は、訴外銀行に対し、そのころ、被控訴人Y1の右借受金債務(以下、「本件借受金債務」という。)を連帯保証することを約した(争いがない。)。

(一) 最終弁済期限 昭和六六年八月二八日

(二) 弁済方法 元金均等払。昭和五九年九月から毎月二八日に金九万六〇〇〇円宛弁済する。最終回は金三万二〇〇〇円。

(三) 利息 年三・〇パーセント

4  控訴人は、訴外銀行の請求により、訴外銀行に対し、平成五年三月二九日、右連帯保証に基づき、本件借受金債務の元金八〇〇万円及び利息金一七五万九五六一円、合計金九七五万九五六一円を代位弁済した(甲第六号証、以下「本件代位弁済」という。)。

5  本件借受金契約には、被控訴人Y1が手形交換所において取引停止処分を受けたときは当然に期限の利益を失い、訴外銀行に対し、直ちに本件借受金債務を弁済する旨の定めがある(争いがない。)。

6  被控訴人Y1は、昭和六〇年一〇月七日に一回目の、昭和六一年三月六日に二回目の手形不渡りを出し、同年三月一一日、東京手形交換所において取引停止処分を受けた(原審裁判所の調査嘱託に対する同交換所からの平成一〇年三月五日付回答)。

7  被控訴人らは、控訴人に対し、原審での平成一〇年四月九日の本件弁論準備手続期日において、本件借受金債務について、昭和六一年三月一一日を起算日とする五年の消滅時効を援用する旨の意思表示をした(記録上明らかである。)。

第三争点

控訴人は、被控訴人らの右消滅時効の援用にかかわらず、被控訴人らに対し本件代位弁済による求償金を請求することができるか。

一  被控訴人らの主張

1  本件代位弁済は、主たる債務である本件借受金債務の消滅時効完成後にされたものであり、右弁済時には、右債務は既に消滅しているのであるから、控訴人が本件代位弁済により主たる債務を消滅させたとはいえず、求償権の成立要件を満たさない。

2  仮に、本件代位弁済時にはまだ消滅時効の援用がないので本件借受金債務が消滅していないと解されるとしても、主たる債務の消滅時効完成後には、保証人は債権者に対し主たる債務の消滅時効を援用して保証債務の消滅を主張することができ、この場合、保証人が右援用をせず、債権者に支払をしても、民法四五九条一項の要件を欠き、保証人は求償権を取得し得ない。けだし、主債務者は消滅時効の援用により債権者に対し、時効消滅の抗弁をもって主たる債務の支払を拒否できるのであるから、保証人の消滅時効完成後の支払は、主債務者に何ら利益を与えず、実質的には求償権の成立要件である主たる債務を消滅させたとの要件を満たさないからである。

3  仮に、以上のように解することなく、本件のような場合に保証人に求償権を認める見解に立つと、債権者と保証人が通謀し、時効完成後に保証人が保証債務を履行し、求償権を発生させ、保証人が主債務者に対し右求償権を行使する形式を取ることにより、消滅時効で消滅した主債務を実質的には同じ内容を有する求償権にすり替えることが可能となる。右形式を取れば、主たる債務の消滅時効期間経過後いかに期間が経過しても、求償権の発生については全く期間的制約がないこととなるから、永久に主債務者の責任を追及することが可能となり、その結果、保証人が存在する場合には主債務者は永遠にその責任を免れない結論となる。このような結論が時効制度の趣旨に照らして不当であることは明らかである。本件においては、訴外銀行が社団法人銀行協会に加盟する金融機関であり、本件借受金債務の消滅時効完成を知っていたか、これを容易に知りうべき立場にあったこと、控訴人と訴外銀行が極めて緊密な関係にあること等からすると、訴外銀行と控訴人との間に通謀があったか、仮にそうでないとしても被控訴人らとの関係では通謀があったのと同等の法的評価をすべきである。また、本件の究極的な責任は、時効中断の措置を取ることなく、主たる債務の消滅時効が完成した後に控訴人に対し保証債務の履行を求めた訴外銀行が負うべきものであり、控訴人の出捐した金員の最終的な負担は、控訴人と被控訴人らとの間ではなく、控訴人と訴外銀行との間で解決されるべきである。

右のような事情に照らすと、本件代位弁済が求償権の成立要件を満たしたとしても、控訴人が被控訴人らに対し求償権を行使することは、信義則に反し、権利の濫用として許されない。

二  控訴人の主張

1  被控訴人らが消滅時効の援用をしたのは、本件訴訟においてであり、本件代位弁済当時、本件借受金債務は右援用がされていないという意味で、存在していたのであるから、控訴人の求償権はその時点で一旦発生したものというべきであり、時効の効力がその起算日に遡るからといって、後にされた時効の援用により、一旦は発生した右求償権が消滅に至るものとするのは不当である。

2  控訴人は、金融機関からの各種の報告(実行報告、償還報告、完済《内入》報告等)によって企業や主債務者の状況を把握・管理しており、代位弁済については金融機関からの代位弁済請求書の記載を中心に状況を把握することになるところ、本件の場合には訴外銀行からの右請求書に手形に関連する事項の記載はなく、控訴人は、本件代位弁済当時、本件借受金債務の時効期間が既に経過していること、被控訴人Y1が手形不渡りを出していること等の事情を到底知り得ない立場にあった。したがって、本件代位弁済をするに当たって、被控訴人Y1側の事情を知らなかったことにつき、控訴人に過失は認められない。

3(一)  保証人には、主たる債務者が二重弁済したり、抗弁権があるのに弁済してしまう不利益を生ずることを避けるために、弁済の事前及び事後に通知をなすべき義務がある(民法四六三条、四四三条)。そして、保証人がその事前通知を怠って弁済その他の免責行為をしたときは、主債務者は、債権者に対抗することのできた事由をもって、保証人の求償権に対して対抗することができる(民法四四三条一項)。

(二)  しかるところ、控訴人と被控訴人Y1との間の保証委託契約(以下「本件保証委託契約」という。)では、訴外銀行に対する控訴人の右委託による連帯保証に基づく弁済等に当たっての前記事前通知は、免除されている(同契約五条一項、以下「本件事前通知免除の特約」という。)。右事前通知の免除は、民法四四三条一項の適用を排除して、右事前通知の懈怠による連帯保証人に対する前記主たる債務者の抗弁の対抗を制限する趣旨と解されるべきである。

(三)  したがって、被控訴人らは、控訴人に対して本件消滅時効の抗弁をもって対抗することはできないものと解されるべきである。

第四争点に対する判断

一  調査嘱託の各結果(二回)並びに弁論の全趣旨によれば、被控訴人Y1は、東京手形交換所加盟の金融機関と手形取引をしていた商人であって、本件借受金も、同被控訴人の営業資金等として借り受けたものであるから、本件借受金債務は商事債務であると認められる。したがって、その保証債務である控訴人の訴外銀行に対する連帯保証債務も商事債務であり、また、本件代位弁済による本件求償債務も商事債務となるものと解すべきである。

二1  被控訴人Y1は、前記のとおり、東京手形交換所において取引停止処分を受けた昭和六一年三月一一日に本件借受金債務の前記期限の喪失約款により、期限の利益を当然喪失したため、商法五二二条所定の五年を経た平成三年三月一一日の経過をもって消滅時効期間が完成したものと認められる。

2  被控訴人らは、「本件代位弁済は、主たる債務である本件借受金債務の消滅時効完成後にされたものであるから、右弁済時には、右債務は既に消滅していた。」旨主張するが、消滅時効による債務の消滅は、消滅時効の援用がされたときにはじめて確定的に生ずるものであって、ただ、その消滅の効果が遡及するにすぎないので、被控訴人らの右主張は主張自体失当である。

三1  連帯保証人である控訴人は、訴外銀行からの弁済請求に対して、主債務者である被控訴人Y1とは別個にそれぞれの連帯保証人あるいは主債務者の立場において消滅時効の援用をしてその弁済を拒否することも、その援用をしないで弁済をすることも可能であるが、時効利益の放棄は相対的な効力しかなく、連帯保証人が時効利益の放棄をしても、主たる債務者がその援用権を失うものでないから、委託を受けた連帯保証人が主たる債務の消滅時効の援用ができるのにそれをせずに弁済をして主債務を消滅させても、それは主債務者に利益をもたらすものではなく、主たる債務者のためにする保証委託契約の本旨に適うものとは認め難く、連帯保証人には主債務者に対して求償し得ないものと解さざるを得ない。

2  甲第一号証によれば、本件保証委託契約においては、本件事前通知免除の特約が存することが認められる。同特約は、控訴人において、その代位弁済に当たって事前通知をしなかったことを原因として、被控訴人Y1が債権者に対して有する抗弁をもって本件代位弁済に基づく求償権の制限を、原則として主張し得ない効果をもたらすものというべきであるが、控訴人において、主たる債務者である被控訴人Y1に対して事前通知のあるなしにかかわらず、控訴人において容易に判断して行使し得べき抗弁等を、被控訴人Y1のために自主的に行使する責務を軽減する効果を有するものではない。

四  控訴人は、「本件保証委託契約においては、本件事前通知免除の特約が存するところから、被控訴人らは右通知懈怠の効果とされている求償権制限の利益を放棄したものと解されるべきである。また、仮に、右特約に右の効力が認められないとしても、控訴人は、被控訴人Y1の手形の不渡り等の事情を知り得ない立場にあったのであるから、消滅時効の援用をなし得なかったもので、それにつき過失はなかったので、本件代位弁済はやむを得なかったものである。」旨主張する。

1  控訴人は、本件保証委託契約に基づく連帯保証人であるから、その弁済は自己の連帯保証債務によるものであっても、主債務者との関係では弁済は委任事務の処理であり、その求償は、その実質は委任事務処理費用の償還請求の性格を有するものである。したがって、右委任事務の処理に当たっては善管注意義務が存するので、右注意義務に違反して主債務者である被控訴人Y1の訴外銀行に対する消滅時効等の抗弁権が存在するときには、これを被控訴人Y1の利益のために援用すべきであり、これを看過したときは、信義則上その代位弁済に基づく求償はなしえないものと解するべきである。

2  ところで、本件においては、訴外銀行は被控訴人Y1が銀行取引停止処分を受けたことを了知していることは、金融取引システム上当然推認できるところであり、また、控訴人の本件保証委託契約に関する手続事務は、訴外銀行が事実上これを代行して行うことは公知の事実であるから、訴外銀行においては、本件借受金債務に関して発生した事情についてはその手続の受託者として、控訴人に対する報告義務が存在するものと解される。

そして、<証拠省略>並びに弁論の全趣旨によれば、本件借受金契約においては、被控訴人Y1は、昭和五九年九月二八日から毎月九万六〇〇〇円ずつの分割弁済が義務付けられていたもので、訴外銀行の請求による期限の利益喪失の特約として「債務者が債務の一部でも履行遅滞したとき」と定められていたのにもかかわらず、訴外銀行の代位弁済請求書等において、被控訴人Y1は、本件借受金の元本分割弁済金の支払及び利息の支払を当初から懈怠していたことが明らかである。そのことを控訴人は知り得たことが認められるから、控訴人においては訴外銀行に対してその期限の利益喪失等の有無について説明を求めれば、控訴人が銀行取引停止処分を受け期限の利益を喪失したことは容易に知ることができたはずである。それにもかかわらず控訴人は、その調査を尽くさなかったものであるから、受託保証人として善管注意義務違反があったものと認めざるを得ない。

したがって、控訴人においては、本件代位弁済に基づく被控訴人らに対する本件求償はなしえないものといわなければならない。

第五結論

以上によれば、控訴人の本件各請求は理由がないので棄却すべきである。

よって、本件控訴は理由がないので棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 鬼頭季郎 裁判官 慶田康男 廣田民生)

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